為替デリバティブの評価について考える
為替デリバティブ問題について、今回は、デリバティブ取引の概要と財務インパクトについて深掘りしてみます。これは、企業が銀行側と交渉する、あるいは金融ADRなどの第三者機関を利用するにおいて、取引実態(金融商品としての特性、財務的問題点など)をきちんと把握した上で、いわゆる「適合性の原則」や「説明義務違反」などを指摘しなければ、本当の意味での実のある成果を得られないからです。
法律論のみで交渉するのも一つのやり方でしょうが、数値的裏付けがなければ説得力に欠けてしまいます。そこで、以下、簡単なケーススタディをもとに為替デリバティブ取引の価値評価というものを考えていきたいと思います。
1.想定する為替デリバティブ商品の概要
*なお、取引実行時の為替レートは100円/$とします。
実際にはもう少し細かい取引条件ですが、レバレッジ3倍、ノックアウト/ノックイン条件などを付していますから、昨今問題となっている為替デリバティブ取引にほぼ近いものとなっています。いずれにしても、企業側は2012年1月以降、毎月為替取引の決済(ただし差額決済)を迫られることになっています。
そして、この取引に関するペイオフ曲線(損益グラフ)は下記の通りとなります。
少し分かりづらいですが、「合成損益」を見ると、為替が円高になるほど決済損失は膨らむことになります。これは、為替レート90円/$を下回ると売建てポジションの清算義務が加速的に生じるからです。また、円安については”ノックアウト条項”によって、為替レート120円/$を越えるとオプション契約自体がなくなりますので損益はゼロ(中立)となります。
全体を見渡すと、①為替のアップサイド(=円安メリット)については上限が設けられて十分なヘッジが出来ていないこと、②逆にダウンサイド(=円高リスク)については一定の為替レートを超過すると一気に損失が広がる、非常にリスクvs.リターンのバランスが悪い商品設計になっていることが分かります。このようなリスク偏重の契約による差額決済が毎月行われますので、実際に円高となっている現在においては、殆どの企業が損失負担を被ることになっています。
なお、為替レートごとの損益状況を示すと以下の通りとなります。
例えば、上記ケースでの為替レート80円/$における決済損失は465万円と多額です。
2.検討すべきポイント
いわゆる「適合性の原則」や「説明責任義務」違反などが、デリバティブ損失軽減を目指す場合の主張要旨となりますが、単に、「リスクの高い売建オプションを織り込んだ金融商品を購入された」という主張では説得力に欠けてしまいます。
上記ケースにおいては、為替決済の実需が2012年1月以降、毎月いくらあったのか、その内何割を為替ヘッジすることが妥当であったか、更には、為替変動によるダウンサイドリスクの全体像(金額インパクトなど)をきちんと説明され理解していたか、設定されたノックイン/ノックアウトの条件につき、為替動向などから十分合理的な水準であるとの説明をされ理解していたか、そして、実需相当を越える過剰ヘッジにより発生した損害はいくらとなるか、等の細かい分析をする必要があります。
なお、上記ケースでは期待損益(キャッシュフロー)の合計額が△21.8百万円となっており、その割引現在価値が△19.6百万であることをもって、「最初から損失が多額に生じる金融商品を、金融知識に乏しい素人に販売した」と決めつけ、その主張のみで「適合性の原則」に反する指摘するのは正しい理解ではないのでご留意下さい。
また、このような乱暴な主張をしてしまいますと、たとえ金融ADRで調停斡旋の機会が得られてとしても双方の主張がかみ合わないことが十分想定され、交渉が不調となる可能性が高まります。必要なのは、こういった複雑な仕組み金融商品の適切な価値評価を行ったうえで、合理的な範囲を超える部分についての損害の軽減を目指すといった理論的な説得や説明を行うことにあります。
3.為替デリバティブ取引の「公正な価格」とは
法律家としても、法律論からはみ出すことになる為替デリバティブ取引の評価の問題、すなわち「公正な価格」がいったい何であるかを明確に示すことは相当難しい部分だと思われます。しかしながら、訴訟を含めたハードランディングが予想される場合には、販売者たる金融機関も相当の理論武装を伴って反論を用意してきますから、それに応える必要があります。例えば、「過大な損失が企業側に発生するリスクを押しつけている」との主張に対しても、「デリバティブ取引の各種条件設定において、リスクとリターンが十分適合する(=企業側が一方的にリスク負担するものではない)商品設計となっており、適正な価額で販売している」などの理論的的反論がなされるでしょうから、それに対しては「商品設計上の矛盾や、合理的でない部分は××にある」との再反論が求められます。
ところが、為替デリバティブ取引は、オプション理論を前提とした金融工学に基づいた商品設計が行われていますので、通常の株式や債券などに比べると、取引条件や取引価格の妥当性を、企業側が理論的に検証することはかなり難しいものといえます。
そこで、上記ケースを基にした簡単な価値評価の考え方を説明することにします(ただし、金融工学的説明はせず簡略化した財務モデルにとどめます)。かなり大雑把にいいますと、「決済時に想定される為替レートに応じた想定損益の合計額」を現在価値に引き直したものとなります。換言すると、前述したペイオフ曲線にて求められる損益を為替レートの実現度合い(=発生確率)に従い加重平均したものになりますが、下記①および②においてその違いを説明することにします。
①公正な価格がプラスとなるケース
下記のように為替レートの変動が大きくない(ボラティリティが小さい)との前提条件では、最終的な期待損益はプラスになることが想定されます。このようなバリュエーション基礎条件が採用された場合、公正な価格>ゼロとなりますから、販売における適合性はあるとの説明も成り立つことになります。
②公正な価格がマイナスとなるケース
オプションモデルの条件設定によっては、①とは逆に公正な価格がマイナスとなることも十分考えられます。それでも、単純合算における想定損益(△21.8百万円)に比べるとかなり小さくなります。
このように、為替デリバティブ取引の妥当性や合理性を測定するには、複雑な計算基礎条件を織り交ぜて行なわなければならず、商品設計者側の意図がブラックボックス化されている中で価値評価を行うことは相当難易度が高いものといえます。
当事務所では、中小企業における事業再生の観点から為替デリバティブ問題に取り組んでいますが、本稿における為替デリバティブ取引の個別評価についても深く検討を進めています。
詳細についてお知りになりたい場合は、当事務所までご連絡下さい。
以上
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