為替デリバティブ問題における検討と対策

昨年(2011年)から今年(2012年)に入り、為替デリバティブ損失に関する関心が高まっています。過去においては1ドル=100円を割ることの無かった為替レートも、最近では70円台へと急激に円高へと振れていますから、為替取引における失敗が表面化することは十分予想されました。

この点につき金融庁が2011年初の段階で実態調査(大手行や地銀120行に対する聞き取り調査)をしたところ、、急激な円高、ドル安で多額の損失を被っている為替デリバティブ(金融派生商品)を保有する中小企業が19,000社に上ることが発覚しています。契約数では約40,000件にも及ぶとのことでした。

その結果として、2012年に入り「金融ADR」を用いた損害回復の手続きが急増したのです。

当事務所でも2011年初の段階で、この為替デリバティブは大きな問題になると想定しており、事例の分析や想定する対応策などの検討を進めて参りました。

1.為替デリバティブ問題の特徴と問題点

最近は、為替デリバティブ問題に注目し、「過払い利息還付請求」的な発想で解決を目指すことが盛んに喧伝されています。しかしながら、為替デリバティブ問題は企業財務の問題であり、資金繰りや事業運営と絡めて今後の事業再生をどのように行うかという重要な経営課題の克服という問題と捉えなければなりません。このため、個人における消費者金融ローン救済問題と同様の発想で解決を目指すものではないと言えます。

以下は、為替デリバティブ問題の特徴をまとめたものです。

①還付金が得られるものではない
基本的に、為替デリバティブによる損失は、過去における過払い分を還付してもらうものではなく、既に発生した(あるいは今後発生するであろう)為替決済損失等をいかに最小限に抑えるかという問題です。現時点で発生している資金流出を止めることを含めた、資金繰り上のダウンサイド・リスクのマネジメントとなります。従って、自己の損失負担を可能な限り軽減させることは出来ますが、還付金のごとき余剰(=キャッシュバック)が発生するものでは決してありません。

②個別性が強く一律の価値判断を当てはめることが出来ない
損失認定において、「適合性の原則」「説明義務」などの一般的判断基準はありますが、過払い利息のような還付金を自動計算できる数値基準(=制限利率など)はありません。個々の企業の取引事情に照らし合わせて、損失認定や損害負担割合を個別判断することになります。とりわけ、デリバティブ取引という金融・ファイナンスの高度な知識が求められるものですから、取引全体の実態把握ですとか金額的根拠の算出には十分な経験を有した専門家の関与が重要となります。

③本業への影響把握や全社的な資金繰り対応への配慮も必要
為替デリバティブ損失は、事業運面においても相当重大な影響を及ぼすことが想定されます。上記①で示す通り、発生損失を部分的に解消させるのみで、残余損失(=正常損失に相当する部分)についての経営的インパクトもきちんと考慮しなければなりません。また、為替デリバティブ損失問題が解決したとしても、その後の事業運営に関わる資金繰り問題など、関連する経営課題も併せて検討する必要があります。

特に、中小企業の経営者の皆様においては、モラトリアム(中小企業金融円滑化)法が終了する2013年3月以降の対応も含め、今後の事業運営をどうするか真剣に検討しなければならないでしょう。

以上を踏まえ、当事務所では、為替デリバティブ損失問題を、法的手続きの当てはめにより解決する個別問題と捉えておらず、全社的経営課題、企業再生の問題として適切なアドバイスを行うことを目指しています。

2.為替デリバティブ取引と損失発生の基本的理解

非常に簡易なケーススタディですが、為替デリバティブ取引の基本的仕組を紹介しつつ、そもそもなぜ損失が発生するか考えてみることにします。その上で、デリバティブ損失の負担に関わる主張はどうあるべきか簡単に説明します。

①為替予約取引

上記のような一般的為替予約取引においては、為替変動によるリスク(損失)は予約レート=100円と実勢レート=80円の差額20円に留まります。輸出や輸入における為替実需に連動した為替予約であれば、仮に損失が生じたとしても、本業全体にまで与える程の金額的インパクトはまず起こりえません。

②為替デリバティブ取引
以下の取引が、簡略化した為替デリバティブ取引とその損失発生の仕組みとなります(ゼロコスト・オプションを想定)。

本ケースでは、為替予約(=為替の買いオプション取引)時に同時に為替の売りオプション取引を行い、対応するオプション料の取得(=収益)がなされています。本ケースでは、銀行側の手数料等と相殺され、実際の収益計上は発生しないことになりますが、実際の取引においては、オプション契約の工夫により収益を発生させたり、或いは段階的に収益が発生するようなモデルとすることも商品設計上は可能です。

また、為替デリバティブ取引では、一般的に為替売建てポジションが買建てポジションを超過するアンバランスな為替ポジションが構築されています。平時においては、売建ポジションの設定により多額のオプション料が得られることになりますが、リターンとリスクヘッジのバランスが悪いことから、為替の急激な変動などの異常時に生じるダウンサイドリスクが全くヘッジ出来ない商品設計となっています。

過去において、例えば「為替が1ドル80円を切ることはない」という根拠のない前提条件を基に商品設計されています。このため、今日の為替状況では、このような仕組みの為替デリバティブを購入した企業側で多額の決済損失が生じることは火の目を見るより明らかです。また、中途解約不可であったり、多額の解約ペナルティが発生する約定が付されていたりするなどの取引契約が一般的で、購入者側における契約上の地位が非常に劣後した立場に置かれているものが少なくありません。

また、正確な金額分析はできないですが、こういった仕組み金融商品における販売者(=銀行)側の手数料は通常の融資や投信などの金利や手数料に比べると、相当高額(高率)であることが一般的です。このため、銀行側の収益確保を最優先させた押し込み販売に近いセールスがなされた実態もあるようです。

3.損失軽減に向けた望ましい対応について

繰り返しになりますが、為替デリバティブ損失については、当該取引からの発生損失をいかに軽減させるかが目的であり、何らか還付金のような余剰発生を目指すものではありません。従って、どこまで軽減させるかは、理論的には「実需に基づく為替取引の合理的水準」を超過する部分であり、それ以外の部分は、事業運営上回避することの出来なかった為替リスクとして損失を受け入れざるを得ないといえます。

①デリバティブ取引に関連する損失につき整理すべき要素
 ◇実需として必要であった為替取引の合計額
 ◇通常の為替取引において設定すべきヘッジ対象額
 ◇通常のヘッジ取引において生じるであろう為替損失の許容額
 ◇実際に取り組んだ為替デリバティブにおいて過剰となるヘッジ取引額や取引条件の確定
 ◇その他、為替デリバティブ取引により影響を受けた損失等の額(もしあれば)

このような詳細な分析を行い、許容すべき損失とその他を明確に分離しないといけません。

なお、主張すべき事項は、「適合性の原則違反」と「説明義務違反」に分かれますが、これらを有効に主張するためには、上記分析を基にした主張書面の作り込みが必須となります。 これが徹底してできていない場合には、「適合性の原則違反」や「説明義務違反」への主張が説得力を持ち得ないことになります。

こういった分析と整理は、一般化しつつある金融ADRのみで有効となるものでなく、その他の救済措置等(特定調停、法的整理、訴訟など)においても主張書面として活用できますから、あらゆる局面における問題解決の入口として準備を進めることは非常に重要となります。

②金融商品取引法上の一般概念
上記の金額的影響の測定の他にも、下記に示すような一般的問題点を個別事例に当てはめてきちんと整理する必要があります。
 ◇適合性の原則
 ◇説明義務
 ◇断定的判断の提供
 ◇優先的地位の提供
 ◇その他

*金融ADRにおいては「事実認定は行わない」「法律判断は行わない」との基本スタンスで斡旋調停を行うため、厳格な損害配分を求めたり、損害賠償を求めることは困難となります。従って、下記4に示す論点と併せてその活用方法を検討することが望ましいでしょう。

4.事業再生に向けた検討と対策

為替デリバティブ損失問題は、それだけ切り出して解決すれば全て片付く問題ではありません。その後の事業再生や資金繰り対応と併せて検討しなければいけないものです。

とりわけ資金繰りの厳しい中小企業にとっては、損失確定による清算義務(=支払義務)から生じるキャッシュ・アウトを出来る限り最小限に抑えないと、事業そのものの死活問題につながります。また、当該損失の軽減において、金融ADRのような私的解決を目指す場合と、訴訟による解決を目指す場合の経済的メリット・デメリット(時間的負担も含む)の見極めも、その後の事業展開や資金繰りと関連させて判断する必要があります。

◇具体的な事業再生へのステップ

 

上記の流れが全てではありませんが、 為替デリバティブ損失を含む一連を事業再生プロセスと位置づけ取り込むことが重要だといえます。


詳細についてお知りになりたい場合は、当事務所までご連絡下さい。

以上

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